縁
幼い頃から驚異的な絵の才能を発揮し、小学4年生から漫画を描き始めた楳図少年。のちに恐怖漫画というジャンルの先駆者となる楳図氏の“絵”の原点は何処に?
類まれなる才能が開花した理由は、持って生まれたセンスだけではなかったようです。
母の思いつきから、絵と出合う
―― 小学四年生から漫画を描き始めたそうですが、そもそも絵を描き始めたきっかけは何ですか?
僕は小さくて全然記憶がないんですけど、7か月の、まだ歩けない歩行器の中にいる頃に、母親が「こんな子に、もし紙と鉛筆を渡したら、何を描くかな」って、ちょっと試してみたそうですね。で、紙を前に置いて、鉛筆を持たせて、丸はこう描くんだよぉとかいって描かせたら、ちゃんと描いた。描けるんだあと思った母親は、丸の集合体や複雑な絵柄をどんどん教えていった、と言っていましたけどね。母親のふと思いついた疑問から始まっただけなんです。だから別の疑問を持ってくれれば、きっと別のところが伸びたのかもしれない。紙と鉛筆でなくて、バイオリンとかね(笑)。まあ、音楽はけっこう好きだから、全然違う、たとえば難しい数学とか経済とか教えていたら、そっちの方向に進んでいたかもしれない。たぶん、小さい子どもの頃って、親の思い込みでこっちの方向なんだって決めちゃっているとこ、あるかもしれないですよね。特技っていうものは、やっているうちにそれが特技になるという話なだけで。まあ生まれつきの違いもあるかもしれないけど。だから、そこは親の見抜く直観力って、すっごい大事ですよね。

―― ご両親は絵がお上手だったのですか?
父親も母親もまったくヘタクソで、絵は描けないです。だから、そこの直観力ってすごいなと思うんですよね。得意なことを自信持って教えるっていうのはわかるけど、全然、絵も歌も駄目なのに(笑)、絵を描かせてみようっていう発想がね。そんな母親を誉めてあげたいです(笑)。

―― やはり子どもの頃は、絵を描いてばかりいたのですか?
そうですね。奈良の山の中に住んでいましたので 、遊ぶことが他になかったんですよね。子どもの数もたかが知れているし、どうしても一人遊びが多くなりました。でも、前にテレビの仕事で、僕が5歳くらいまで住んでいて、絵ばかり描いていた記憶のある村へ行くことになったんです。当時の大家さんを訪ねて、それを実証してみよう、ということになりまして。それで行って、「子どもの頃、絵ばかり描いていたそうですね」と尋ねたら、「いいえ」とあっさり言われてしまって。ははは(笑)。みんな「えー!」となって。釣りばっかりしていましたと言われてしまったんだけど、そんなのは記憶にないなあと(笑)。そんなもんですよ。自分が思っている自分と、外から見てる自分は違うんだあ、すごいなあとその時思いました。でも、どっちが本当かというと、僕は絵ばっかり描いていたつもりなんで、そちらが本当だと思います(笑)。まあ、人前でのべつなく、絵を描いてばかりいたわけでもなかったんでしょうけどね。
絵の才能で、友達ができる
―― 当時はどんな絵を描いていたのですか?
スケッチしていたみたい。花とか風景とか。小学校入るときに、テストのようなものがあって、そのとき絵を描かされた記憶があるんですが、先生がそれを見てすごく感心してくださったんです。なぜかというと、水仙の葉っぱがきちんと折れ曲がっているかたちに描いたり、旗が四角ではなく、風になびいている様子を描いていたりして(笑)。僕は全然意識していなく、思ったように描いたんですけど、先生が驚いていたので、逆に認識しただけ。本当に何も考えずに描いていたんです。

―― ご自分では絵の才能に気づいていなかったのですね。しかし、すでに天才児だった・・・・・・。
それはどうだかわかりません。ただ、その頃電車に乗っていても、僕が絵を描こうと思ったら、出し抜けに「かみ〜!」とか「えんぴつ〜!」とか言うらしくて、母親はどこへ行くにも、いつでも紙と鉛筆を持ってないといけなかった、って言っていました(笑)。父親が言うには、電車に乗っている時、「近くの風景は大きいんだけど、遠くの風景はちっこくなるんだね」って僕が言ったとか。遠近法、ですね(笑)。父親がそう言うから逆に認識して、記憶しているだけなんですが。

―― 絵にまつわる記憶は、ほかにもありますか?
小学校に上がるまで、僕、引越しが多かったんですよね。それで、引っ越した最初の日のことをよく覚えていて、必ず縁側で絵を描いているんです。これ、たぶん母親の指図だと思う。「縁側で絵を描いていなさい」って。で、描いていると村の近所の子がやってきて、どーっと集まっちゃうんですよ。そのうち、あれ描け、これ描けとなって、それでいつの間にか仲良くなってしまう。だから引越ししていじめられたとか、困ったこととか全然なかったですね。それは母親の手だったんだと思う。だからどこ行っても、最初の記憶は縁側で絵を描いているってこと(笑)。いっくら絵が好きだと言っても、引越した最初の日から縁側で絵を描くか〜? と思うんですけど。母の策略です(笑)。
楳図少年と当時の漫画の世相
―― さて、楳図さんが漫画に夢中になった少年時代、漫画は楳図さんにとって、どんなものだったのですか?
小学校4年生のとき、『漫画少年』(*1)という雑誌を見て、漫画に興味持っちゃって、漫画っておもしろい〜と思ったんですよ。田舎に住んでいたから近所探しても売っていなくて、「次の号を買ってきてくれ」と、大阪へ行く母親に頼んだことがありまして。すごく楽しみにして待っていたら母親が帰ってきて、「なかった」というんですよ(笑)。それで、代わりに買ってきたのが詩集の本なんです。え〜、そんなもん〜って(笑)。一応目を通しましたけど、やっぱりおもしろくなかったですね。だけどそのなかで、“あいぜんさまのおかげです”という一節だけ何故かくっきり覚えていて。誰なんだろうって、ずーっと思っていた(笑)。最近思うのは、僕は三年生のとき終戦なんですが、その詩集は、アイゼンハワー(*2)を尊敬させるための策略の本だったのかもしれない。だから、母親は買ってきたわけでなく、街でタダで配っていたのをもらってきたのかも(笑)。

*1 
*2 
昭和22年に創刊され、戦後まもない少年たちに夢と希望を与えた漫画雑誌。
ドワイト・D・アイゼンハワー。第二次世界大戦下のアメリカ軍最高司令官のひとり。後に、第34代大統領に就任。

―― お母さまが故意に買ったのか、偶然手にしたのか、ナゾの詩集・・・。もしかしたら、お母さまは漫画を買い与えたくなかったのでしょうか?
それはわかりません。ただ、当時漫画は俗悪と言われていました。だけど、早い話、おもちゃの部類に入っていたのかもしれませんね。きちんとした本ではないのですが、5センチ×3センチくらいの“豆本”という小さな本が何冊かまとめて袋に入っていて、お菓子屋さんで売っていたりしましたから。駄菓子感覚だったのかもしれないです。手塚治虫さんが“漫画はおやつ”なんて言ったりするから、ますます(笑)。お菓子はお菓子、漫画は漫画でいいと思うんですけどね。だから、当時は俗悪品、付属品、よく言っておやつ、くらいにしか思われていなかったんですね。いまはそんなことなくて、漫画は表現形態のひとつだから、それを使っておもしろいこと、中身あることを表現しようと思ったらできるわけで、単なる表現手段だけのことなんですけどね。

―― 漫画は表現のひとつ。このお話はさらに膨らみ、恐怖漫画についても言及されます。次回は楳図さんが考える恐怖漫画の定義、そして、生活の一部となっている語学勉強と吉祥寺暮らしのお話です。
【処】街のあの人がお勧めするとっておきのスポットをご紹介!
Superbacco (スーペルバッコ)
シックな雰囲気に包まれているが、気取らずにイタリアンを楽しめる。
いつもの席で、まずは赤ワインと「おまかせ前菜特盛り」(1,522円)を。
楳図さんはイタリアンが大好き。味付けが口に合うそうです。こちらは、イタリアで修行したシェフたちが腕をふるい、本場の味を楽しめる店。薄暗い照明も心地よく、お酒もすすみます。楳図さんは大勢の仲間と集まるとき、よく利用するのだとか。駅ビルの地下にお店があり、アクセスの良さもお気に入りのひとつ。
Menu
ラディッキオと芝エビのリゾット 
・・・ \1,260
ホタテとアスパラガスのクリームソース
(ショートパスタ) 
・・・ \1,050
魚介のフリットミスト(レモン風味) ・・・ \2,100
Superbacco(スーペルバッコ)
住所 武蔵野市吉祥寺南町2-1-31
フレンテ吉祥寺B1F [地図をみる]
電話番号 0422-49-2005
営業時間 11:00〜22:30
(フード L.O 21:30 / ドリンク L.O 22:15)
交通手段 「吉祥寺」駅公園口から徒歩1分
街の案内人プロフィール
楳図 かずお  氏

▲ 自宅兼事務所にて。
グワシ!
1936年 和歌山県高野山生まれ、奈良県五条市育ち。

1955年  『森の兄妹』(中学二年生の時の作品)、 『別世界』が刊行され、高校三年生でプロデビューを果たす。

1962年 『ロマンスの薬』を発表。“ラブコメ”というジャンルの開拓者ともなる。一方で、『口が耳までさける時』、『へび少女』などを発表し、恐怖路線で脚光を浴びる。

1972年 『週刊少年サンデー』で『漂流教室』の連載をスタート。1975年には小学館漫画賞を受賞。

1976年 『まことちゃん』を発表。シュールなギャグが大ブレイクする。お馴染みの“グワシ!”はこの作品から誕生。

以後、多数の作品を生み出し、映像化された作品も多い。また、自らバンドを組み、音楽活動も広げつつ、テレビや映画の出演もこなし、現在に至る。

オフィシャルサイト:http://umezz.com/jp/
事務所の応接室には、楳図ワールドのレアグッズの数々がそこかしこに置かれている。
イベントなどで使った品々を見事にレイアウト。“グワシ!”の手は、いつもここに収納。
楳図さんのワードローブを拝見! 赤白のボーダーは、あまり売っていないのだそう。
玄関にある傘立てに挿してある傘も、もちろん赤&白。靴は赤のスニーカーをご愛用。
プリティなマフラーを巻いて、吉祥寺の街へ。次回、楳図さんのお気に入りの店を続々紹介!
☆プレゼントのお知らせ☆

楳図さんの直筆サイン入りの漫画本(『へび少女』・『蟲たちの家』・『ねがい』)を抽選で3名様にプレゼントします。
>>Vol.2「技 〜日常の風景〜」へ    



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